幸福論

学生です 幸せになる事を大切にして生きています

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朝起きて一階に降りた

朝飯がなかった

自分で作れと書いてあった

作らなくても死なんわと思って寝た

いつもありがとう親とか思えたらいいのに

バイトでテストがあるので勉強しようとした

勉強はしたが、する冊子を間違えていた

でも面白かったから耐え

食品に関する事での人生について書いてあった

こういう努力があるのかと思ったしなるほどよく実現されていると思った

さぞかし社長は幸せな人生だろう

テストを受けたが必要な書類がなかった、渡されていなかった

昔ならはよ渡せよとキレていたところを素直に自分が悪いと思えて偉いなぁ俺と思った

テストは多分落ちた

店長がいい人だとただ思った

テストに落ちた時自分には居場所がないなと思ったがそれが自分の人生論を証明してくれるようで俺って凄いなと思った、耐え

暇だったので誰か遊んでくれた声をかけたが誰も遊んでくれなかった

遊ぶというのも人がいて出来る事、どうしても埋まらぬ劣等感というのはあるしそれをどう飲み込むか、

いや飲み込む必要なんて無いのかもしれない、

劣等感の一つに集中してられるほど人生は長く無いし

好きな音楽の話をした

それだけで居場所があるなと思った

いろんな物を試してみるものだなぁとか思った

ショッピングに行った

友人の誕生日プレゼントを自分の金で買った

自分の持つ知識と想像力を働かせた

居場所があるなぁと思った

幸せだった(金は無くなった)

友人にたいしてラインの返信を誤ったかなとか思った

想像力を使ったが

これを言葉にしていないし居場所にはならないんだなと思った

家に帰って親が固定観念にまみれた説教をしてきたので

固定観念について考えていた

居場所が無いから固定観念になんてとりつかれるんだ曲を作れってナブナは言うと思う

↑これもまた権威主義で私に居場所が無いことの表れ

居場所が本当にあると確信できる人間なんてそれはそれで向上しないだろうなとか

芥川龍之介はその逆で死んだのかも知れないとか思った

 

ラジオを聞いていて

悩み相談のラジオだったのだけれど

いろんな悩みがあるけれど

ルフレッドヒッチコックの話がでて

 

なるほどその通りで

人生は意外と単純なんだと思った

なら私の一日も誰かの役に立つかなと思ってこれを書いた

 

私にあるもので人に何かをする事

私にあるものを増やす事

人生というのはおそらくこれに尽きる

 

私に無いものに目を向けると

いや、向いてしまうのだけど

人から奪うとか

見下すとか

虚勢はるとか

そういうことをする

 

それは自分が幸せになる上で

別に悪い事じゃないし良いことでもない

ただの自然だけど

そこに全てをおくと

居場所はいつまでたっても無いままなんだろうな

 

妬みとか、蔑みとか

 

それはそれで、一つの生産性なので文字にして人の役に立てれば良い

 

相手から奪う事に弱さを使うと

相手の人生の為になんないし

虚像で集めた友人でも

せっかく居場所にできるチャンスがあるなら

自分に何もないと奪い取ろうとして

 

それに従うなんて嫌われたく無いの一心なので

相手も居場所が無いなって思ってどっちも良くないし

離れていってしまうだろう

 

そうなる前に出来ることを増やして生きたい

 

赤ちゃんの時には誰にも居場所なんてものは無い

悲しみで人を操作する、悲しみというのは人を操作する為にあるんだろう